日伊文化交流協会IROHA芸術会員の紹介
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金沢

城下町金沢

写真 1金沢と言えば、加賀百万石の城下町を想像するが都市としての歴史は更に少しさかのぼる。一向宗徒が一揆によって守護を滅ぼし、16世紀半ばに本願寺が金沢御堂と呼ばれる道場を建てたことにより、加賀は寺内町として栄えた。しかし16世紀後半、織田信長の家臣柴田勝家、佐久間盛政によって本願寺勢力は制圧され、金沢御堂跡には盛政の居城尾山城が建設される。政権が豊臣秀吉に移り、前田利家が大名として尾山城(金沢城)に入る。1583(天正11)年のことである。以後約290年にわたり金沢は前田氏治下の城下町として、栄えることになる。(写真n. 1:現在の金沢城)3代藩主利常は、町の整備を行い今で言う都市計画により、寺院、武士、町民の居住区を分けまた、1631年の寛永の大火の後は辰巳用水を建設。この後次々と用水が造られるようになる。当時の町づくりの面影は今も金沢の町並みや町名に色濃く残っている。
5代綱紀は、都から名工を招くなど産業の振興に力を注ぐ。また学問の振興を行い、書物や美術工芸品を収集しその後の金沢における文化の基盤を築くことになる。
1857年の時点で金沢は10万を超える人口を抱え、江戸、大阪、京都に次ぐ第4の都市として、発展していたのである。

名所旧跡、伝統工芸と食文化

写真 2数ある金沢の名所のうち筆頭は兼六園。日本三名園の一つに数えられ、年間を通じて入園者は絶えない。前田家の5代当主綱紀の時代に始まり、13代斉泰によってほぼ現在の形に定められた。冬の風物詩として有名な雪吊りが名木唐崎松にかかる様子は、何とも風情がある。(写真n. 2)兼六園には時代ごとの作庭様式が見られるが主な特徴は、廻遊式であること:広大な土地に大小の池を配し、それを結ぶ曲水や築山、そして多彩な樹木を、点在する御亭や茶屋から鑑賞する。天気がいい日は、一日のんびり過ごしたいような庭園である。 市の繁華街、香林坊のすぐ隣に藩政時代の武家屋敷跡が並ぶ、長町武家屋敷跡がある。狭い石畳の道の両側に土塀が続き、枝振りも見事な松などが上から覗いている。(写真n. 3)土塀にはやはり雪よけのこもがけが施され、庭木には雪吊りをしているところが少なくない。金沢の雪は水分が多くて重いため、その重みから木を守るために施されるのがこの雪吊りだそうである。いくつかの屋敷は公開しており、当時の武家屋敷や庭園の特徴を内部から観察することができる。
市内には、無数の美術館や博物館がありその分野も多彩である。変わったものでは金沢能楽美術館。前田家は、能楽を武家の式楽として保護、育成し庶民にも奨励した。加賀宝生と呼ばれるこの能楽は独自の発展を遂げ、今に伝えられている。能楽美術館は旧金沢能楽堂の跡地に建てられており、一方能楽堂は昭和47年石川県立能楽堂として、同市内に移設された。美術館を入るとすぐに能舞台が実物大に再現されており、その構成が各所に説明されている。(写真n. 4)また2階には加賀宝生に伝わる能装束や能面が展示されている。この日は、結婚式などで良く謡われる高砂の舞台が装束や能面、楽器などとともに展示され、あらすじの説明もわかりやすく、高砂の由来を思いがけないところで知ることができた。美術館では研修室を備え、能装束や能面、楽器などに直接触れることのできる能楽体験教室や子供のための“加賀宝生子ども塾”、“金沢素囃子子ども塾”等を通じて、伝統芸能の継承に務めている。
写真 3伝統工芸品も盛りだくさん。前田家の文化事業の柱となっていたのは漆工と金工。京都や江戸から名工を招き、さらに加賀の国風を生かした独自の工芸品として今に伝えられている。その他大樋焼きや二俣和紙なども藩の保護を受けて発達したものである。一方、町の工房から生まれたのが加賀友禅や九谷焼。前田家入城以前から盛んだった染め物に京友禅の技術が伝わり、芸術的とも言える加賀友禅が誕生する。また九谷焼は山中温泉の奥、九谷の地で生まれた古九谷が起源。鮮やかな色使いと豪放なデザインが特徴であったが、一時途絶える。その後春日山窯が開かれ色絵磁器が伝わると、再興九谷として現在に至る。
町を歩いていると、九谷や漆器のお店が目につく。能楽美術館に近い九谷焼のお店は自身も窯を持っており、国宝級のものから宮内庁御用達作家、更に若い陶芸家の作品などところ狭しと並ぶ。最も伝統的な模様は吉田屋模様と呼ばれ、古九谷の五彩のうち赤を除いた黄、緑、群青、紫で模様を表現したものだそうである。(写真n. 5) もう少し時代が下ると、青または白の細かい点を正確にうって時には渦巻き状にしたり、更に内側に細字と呼ばれる和歌や能の謡などを墨で書いたような、文様も施される。この細字の技術を持った職人も現在ではもう数少なくなっているそうである。ちなみに、元祖古九谷の作品が見たい人は県立美術館に行ってみることをお勧めする。石川県ゆかりの美術作品がまんべんなく展示されており、中でも野々村仁清作、色絵雉香炉は国宝に指定されている。
漆器が見たいと思いながら歩いていると、創業安永9(1780)年という老舗を発見。1階には日常に気軽に使えそうな漆器類、2階は一転して作家ものの高級漆器が並んでいる。素人の私にも丁寧に説明してくれた。 “輪島塗:無地で20000円。蒔絵の技法や量によって値段がかわります。沈金:漆を塗った後模様の部分を彫り、金粉を埋めます。蒔絵よりも技術は単純で、触るとくぼみがわかります。
写真 4蒔絵:漆の上に金や銀で模様を描きます。触ると盛り上がっているのがわかり、高い技術を必要とします。”(写真n. 6) うーん、奥が深い。でもとても手が出せる値段ではなく、丁重に御礼申し上げて退散。 金沢の様々な伝統工芸が発達して来たのは武家が調度品や武具に用いたためだけではない。むしろ、制作品の中心は茶道具であった。前田家は代々茶の湯に深い関心を寄せ、著名な茶人を招き、茶の湯を学んだ。これにより金沢は今日でも京都や松江と並び茶の湯の中心地に数えられる。茶道具のコレクションで見逃せないのは中村記念美術館。酒造業を営む中村家が収集した、茶道具を中心とする美術品が展示されている。それほど大きくはないが、渡来品から楽、大樋、古九谷、野々村仁清、尾形乾山などの陶器作品、素晴らしい蒔絵や漆器、また金沢でも作られている釜など、お茶をしていなくても一見の価値あり。
金沢文化の豊かさを示すもの、もう一つは食の文化である。「加賀料理」と呼ばれるその食卓には豊富な食材を生かし、更に一工夫加えた皿の数々が並ぶ。日本海の海の幸と言えばかに。(写真n. 7)この時期金沢では、”香箱がに”、つまり雌のズワイガニが旬。確かに小型だが、さすがにおいしい。秋から冬にかけて海のものだけではなく川魚や豊富な地元野菜をタッブリと味わうことができる。個人的には蓮蒸しに惚れ込んでしまった。加賀野菜の加賀蓮根をすりおろして、ウナギや椎茸、銀杏などの具をまぜて蒸し、あんをかけたもの。ねっとりとした蓮根の食感が何とも言えない。
これらの料理を九谷焼や会津漆器に盛りつけてだすのだから、目にも楽しい加賀料理である。更に茶の湯とともに発展して来た和菓子もお見逃しなく。日本3大銘菓の一つ長生殿の他、お祝い事や年中行事に使われるお菓子など京都に勝るとも劣らない豊富さで、甘党には目移りして大変かも。

伝統文化の伝承、現代アーティストの育成

写真 5金沢市の多くの美術館や文化施設、また伝統産業施設では様々な伝統文化に関する体験コーナーを設けている。観光客の招致も市を挙げて行っている。そこにはどのようなコンセプトがあり、またどんな将来のヴィジョンがあるのか市の観光協会の担当者にお話を伺った。
“金沢の魅力はまず第一に、昔からの文化、伝統芸能や伝統工芸が今に引き継がれていることです。京都と同様ほとんど戦災に遭っていないので古い建物なども比較的良く残されています。伝統を守りつつ、新しい文化を創造していくのが当市の方針です。その為に建設された21世紀美術館は開館以来毎年約120万人ほどの入館者を維持しています。展示されているのは前衛的なアーティストの作品が中心です。町の中に開かれた公園のような美術館というのがコンセプトです。写真で見るとわかるように全体が丸くなっており、どこからでも入れるようになっています。順路などはなく、好きなように廻れるのです。無料ゾーンの中にも芸術家の作品がおいてあり、触ることができる作品もあるので子供達に大変人気があります。このように古い文化と、新しい創造力がミックスされた町というのが、金沢の魅力だと思います。新しいことに挑戦することで、古いものが生かされてくるというコンセプトが街全体にあるのではないでしょうか。”
写真 6“年間に金沢市を訪れる人は700万人近くになります。開かれた町を目指し、美術館などの入場料を押さえるだけでなく、例えば市内の小学校では4年生になると、21世紀美術館に見学に来るのですが、終わりに入場無料券がプレゼントされます。子供達がまた、両親と一緒に来てくれるようにというねらいです。観光シーズンは主に春から夏、兼六園の桜を見に来る人などが多いのですが、一方冬は食べ物が一番おいしい時期に当たります。かに、エビ、ブリなど海の幸を中心としておいしいものがたくさんあります。
当市のパンフレットは英語、仏、独語、中、韓国、中国語があり、市中の表示板なども最低英語、韓国、中国語で書かれているものに随時替えているところです。
去年頃からヨーロッパからの観光客が増えて来ています。兼六園が「ミシュラン」(フランス)の日本版観光地ガイド本で、2008年最高ランクの「三つ星」(必ず見るべき)に格付けされたことなどが影響しているようです。
写真 7町自体は大きいですが、見所は比較的集中しており自転車などでも回れる距離にあります。駅などにレンタルサイクルもあります。観光用の周遊バスも4ルートあり、観光の要所に必ず停留所があります。500円のフリー乗車券もあり、これで路線バスも使えます。土曜の夜にはライトアップバスという、ライトアップしている場所を廻る特別なバスもあります。
5年後の新幹線開通を目指し、2005年に駅を整備したのですが開放された空間でありながら雨の多い気候に配慮して、ガラス張りのドーム型になっており、それが駅前のターミナルをも覆っています。(写真n. 8)駅前のホテルなどからは濡れずに来られ、バスを降りて、傘をさす必要もありません。その名も‘もてなしドーム’、能楽の鼓を二つ立てたイメージを木材で作った柱が入り口に立てられています。鼓の中に雨水をためて、冬の融雪に使うなど環境にも配慮した設計になっています。駅を整備した効果の一つとして、若い市民が駅を訪れるようになりました。駅内部にお土産館、ファッション館や飲食館などができたので大変便利になったためだと思います。 また、伝統工芸の街、金沢は2009年にユネスコのクラフト創造都市に指定されました。加賀友禅や漆器など有名なものから、ろうそく、提灯、和がさ、水引、毛針など多様な伝統工芸が息づいています。職人が減って来る中、どのように守りながら新しい時代へ生かしていくかという試みが続けられています。

写真 8わずか2泊3日の短い滞在だったが、典型的な金沢の12月の気候を経験することができた。1日のうちで、雪、雨、曇り、晴れ、更に雷まで鳴った。おまけに夕方から強風が吹いて夜になると、時には飛ばされそうなほどだった。朝は、かなり寒い。ちょっと外を歩いているだけで耳が痛くなった。
金沢弁は、関西弁に近い。でも人は控えめで、親しみやすいがおしゃべりではない。そして皆さん口を揃えて金沢は冬が一番良いと言う。海の味覚がおいしいのはもちろんだが、住む人にとっては大変なはずの雪も、兼六園や立派なお庭に雪づりがいっそう映えて、とても風情があると言う。
自然が豊かで、しかもこれだけ伝統文化が盛んなのにそれを自慢するでもない。ごく自然にその中で生きている感じである。 歴史の重みと、豊かな自然に育まれたもてなしの文化。そんな表現がぴったりの町だと思いながら、羽田行きの飛行機の上から別れを告げた。

写真(写真3のこも掛けを除く)と資料提供:金沢市